<<BACK
西浅井町のそれぞれの集落には、
その地域ならではの伝統を受け継ぐ祭りがある。
 雪深い二月に行われる神事、
神輿がかつぎ出される春の大祭、
素朴で懐かしい秋祭りなど、実に多彩である。
時代を超えて受け継がれてきた祭りは、
時の流れとともに形を変えてきたものもあるが、
今も我々の心の底に深く根付き、
四季の移り変わりを感じさせてくれる
年中行事である。
先人の想いをかみしめながら、
祭りの息吹を守りたい。
↓ちゃんちゃこ祭りについてはこちらをご覧下さい。↓
 下塩津神社の神事 『二月十日・十一日

 新年が明けたばかりの1月から3月までの間、その真冬の寒さと真っ白な雪景色の中、各地で「おこない」と呼ばれる神事が開催される。
 ここ下塩津神社で行われる神事もそのうちのひとつ。この発祥は定かではないが、元禄元年(1688)の記録が残されていることから、すでに三百数十年の歴史を重ねる儀式だということである。かつては一週間以上の日数をかけてじっくり行ったものだが、現在では簡略化が進み、二日間を費やすことになっている。
 神事を勤める家(当家)は一年交代で持ち回ることになっており、前年の2月の第1日曜日の朝に神社本殿のくじ引きで先当・後当と呼ばれる当家(受当家)が選定されることになっている。
 そして2月10日の午前は先当が、午後には後当が餅をつき、定められた型の餅が出来上がる。翌日の祭典奉納では、それらの餅を下塩津神社に納め1年間の五穀豊穣を祈願する。
 須賀神社大祭 『4月・第1土曜・日曜
 須賀神社には神事会という組織があり、これが奈良時代以来といわれる神事を今日に伝えている。集落では普段から東組と西組(古くは「中組」もあった)に分かれて生活運営が行われているため、この祭りでも西と東が1年交代で担当することになっている。
 金箔や鈴の輝きが美しい神輿は須賀神社収蔵のもの。明治42年に3つの神社が合併して成立した神社であるため、1番大きい保良神社の明神神輿、小林神社の八ちょうじ神輿、1番小さい赤崎神社の赤崎神輿という3体の神輿をかつぎ出す。これらは50年ごとに新調され、祭り本番のために大切に保管されている。この神輿が収められている神輿堂の真正面に2軒の茅葺き屋根の御供所(ごくしょ)と呼ばれる建物がある。素足にわらじ、はっぴ姿の若者たちがここに集まり、巡行の時を待つ。そこへ神主が現れ、口上を3回繰り返したところで、青年団の若者たちがどっと駆け出し、「ヨー!」「ヤー!」の掛け声をあげ、鈴を鳴らして神輿をかつぎ出す。
 若者たちが掛け声をあげて神輿を持ち上げる姿が勇ましい。
 塩津神社大祭 『4月・第4土曜日
 
 古くから塩土の神を奉ってきた塩津神社では、塩土の神が奉られた4月18日を「ご鎮座」といい、その日に塩津神社大祭を行ってきた。華麗な神輿が出るこの祭りも、古くは現在のような神輿は使われていなかったという。
 伝えられた話によると、明治の頃、京都の伏見稲荷からご神体が神輿に乗り、大津を経て丸子船で塩津浜へ運ばれてきた。それ以来、病気などの理由で神社にお参りできない人たちのために、「ご鎮座」の日である4月18日に、神輿を街に繰り出し、家の前などでお参りしてもらうようになったことが始まりとされている。
 時代が移り、現在では「ご鎮座」である4月18日から4月の第4土曜日へと開催日を変えている。祭りの日は変われど、華麗な神輿が塩津街道を巡航するさまは、古くからの伝統を今に伝えている。重い神輿をわらじにはっぴ姿で「よいやさ!よいやさ!」と声をかけ担ぐ姿は見ものである。
 神輿の美しさもこの祭りの楽しみのひとつであり、金箔に覆われた飾り金具の美しさは、丸子船の交易によってもたらされた往時の繁栄を偲ばせる。また、この神輿が伏見稲荷神社からきたと見てとれるのは、狐と水玉をあしらった意匠がほどこされていることであり、塩津神社の歴史を物語っている。
Copyright 2003 nishiazai synthesis service co.ltd. All rights reserved
有限会社西浅井総合サービス
〒529-0721 滋賀県長浜市西浅井町大浦1098番地の4
TEL 0749-89-0281 FAX 0749-89-0281
(JR湖西線 永原駅内)